唾棄すべきFラン大生とまともな学生

 こんにちは。先日、大学入試センター試験が終了しました。今年は目立ったトラブルも少なく、受験生は存分に力を発揮できていれば幸いに思います。国公立大学を目指される方は二次試験もあります。論述等、気を抜かずに頑張ってください。

 私大は基本的には第一志望を落ちた人が行くところですが、我らが京都産業大学も二次三次希望の「滑り止め」としては定評のある大学です。私の周りも私立の同志社立命、あるいは地方国公立大学の二次で落ちた人が少なくありません。1年次から2年次まではコンプレックスで苦しむ人もいます。苦しむ人はまだいいのですが、たとえばAO入試公募推薦等、上位大学を受けることなく入学した愉快な人々もいて、彼らの醸し出す空気に乗せられて、なかなかもって勉強しようとする空気になれません。

 京都産業大学では、どのように「学ぶ」べきなのでしょうか。

 まずは現状と学ぶ上での不愉快な存在についてお話しておきましょう。

 残念ながら京産は、偏差値でいえば大変低い状態が続いています。かつて、名実ともに同ランクの大学と言われた「産近甲龍」の諸大学と比較しても、入学する学生の「偏差値=学力」といった点では大きく差をあけられているのが現状です。ですから、たとえば、10人いれば3~5人は知識不足かつ論理的な会話が難しい方がいらっしゃいます。近年では、普通の講義でもディスカッションが導入されてますから、こういう方々と接する機会があるわけです。しかし、そういう場面でしっかりと対話を行い、善き結論に導くだけの器量があるかも社会人としての評価対象です。ぜひ、頑張ってみましょう。

 「そういう方々」のほかにも授業態度が悪く、講義等で見ていて不快な存在もいます。彼らの学力が高いか低いかは不明ですけれども、見ていて不快で凡そ頭のいい大学の学生とは言えないような人は往々にして、話をしてもつまらない存在です。彼らを相手にするのは時間の無駄ですので、「唾棄すべきFラン大生」として徹底してバカにすることがおすすめです。高校時代には明らかに偏差値的に高い人間のほうが多かった環境に対し、一気に平均より上の環境に移動できることは京都産業大学の大きな魅力です。精神的な安定を手にすることができるでしょう。

 ただし、危機感を忘れてはいけません。自身がいるのは、社会による大卒学歴評価では下の下であることを、常に心にとどめて行動しましょう。大学生活ではなんでもいいので「実績」を残すようにしましょう。他者とは少し違う、唾棄すべきFラン大生がいいたら忌避してくるような実績を残してやりましょう。

 こうした考えを持つ人は京都産業大学では「まともな人」だと思います。自身の環境に安住せず、それでも逃避することなく環境の中で自己変革を目指そうと努力し続ける存在が京都産業大学には必ずいます。そういう方を周りで認識できるかで、大学生活は実りあるものになると思います。ところで、さきほど「人を馬鹿にする」と書きましたが、ここでバカにすべき人は自分と普段話をするような人ではありません。むしろ、現時点で自分と何度も話のできる人間は、自分と同じような考えを持ったまともな人間と思うべきです。人間関係は自分自身の鏡といえる存在です。自分の思考に基づく行動が自分の周囲の人間関係を形成していきます。すなわち、今大学生活で違和感なく付き合える存在は「まともな人」だと思います。大切にしましょう。一方で合わない人や目に見えて不快な人は、それこそ「唾棄すべきFラン大生」です。

 唾棄すべきFラン大生の存在を否定しているわけではありません。私は彼らの存在が、逆に我々の原動力としての側面が必ずあると思います。彼らとは違う。違うところはどこかを見せつけてやりたい。彼らがいるからこそ、我々は頑張れる。こういう考えをこそが、京産大生として立身出世する為の処世の法ではないかと私は考えています。

 京産大での大学生活で大切なこと、それは現状に危機感を持ちながら、日々行動することです。自己の確固たる信念と思考をもって行動することで、自然と周囲の人間関係はよいよいものとなっていきます。どうか、唾棄すべきFラン大生に流されぬように頑張ってほしいと思います。

 

 

経営学部のゼミ選び

こんばんわ。京産大4年のものです。今日は京都産業大学経営学部における「ゼミ選び」についてお話ししましょう。

 私がゼミを選んだのは…今をさかのぼること数年前。

 大学に進学して約5か月。すでに基礎セミナーを終え、外書セミナーの履修に入っていた時期でしたね。大学生活にも慣れ、キャンパスにも新鮮さを感じなくなってきたころでした。

 それまでの「基礎」と「外書」はいわゆる入門科目で、ゼミ(演習)のエッセンスを感じ取るオリエンテーションの機会といってもよいでしょう。学部側が指定した教員の下で、20名程度の同期生とともに1年間学びます。高校までは話を聞き、メモをとることが求められた講義がいよいよ先生や同期との対話・議論を通じた双方向的なものへと発展します。セミナーの面々でプレゼンや作業を行っていました。あまり内容があるものではありません。例えば、私の外書では、マーケティングの研究者(権威)が担当でしたけれども、キーワードに基づく調べ学習と発表が課題でしたね。概ね、その時の先生が魅力的であれば、基礎もしくは外書の先生のゼミを履修する人も多かったです。

ここからはゼミの選び方を少し話していきましょう。

・自分がいて「違和感の無い」ゼミへ行こう。

 そもそも、京都産業大学経営学部は「就職に強い」とされ、進学してくる学生は「とりあえず就職」と考える人が少なくありません。そういう方々はとりあえず「楽しければいい」とか「不快でない」集団の中にいて、幸せに大学生活を過ごすことが無難と言えます。特に今時の就活は「集団でのプロジェクトによる成果」など、集団で何かを形にする物語を持っているかで勝敗が分かれます。その場合は、例えば企業とコラボレーションして商品開発を行うなどといった具体的な成果を実現できるゼミに入ることがおすすめです。企業ウケも狙えるし、社会人基礎力も付きます。何より、仲間も面白い人が多いです。

・ゼミフェアでゼミの雰囲気を確認する。

 ゼミの雰囲気というのは実は結構大事です。大学2年次に選んだゼミで4年次まで過ごすわけですから、気の合う仲間でないとやってられません。そうしたとき、ある程度自分と同質な感じの層ならば気が楽ですよね。不思議なことにゼミの雰囲気は、人気ゼミほど毎年同じような感じです。活発で楽しそう。容姿端麗な人間が集まる人気ゼミに行けば、楽しい大学生活になる可能性は低くはないでしょう。

経営学部の人気ゼミ「御三家」・「御三卿」。

 江戸時代の幕藩体制下で、将軍家に次ぐ格式を持った家を「御三家」といい、その下には御三卿と呼ばれる体制がありました。この形に経営のゼミをなぞらえると…

 御三家は「伊吹(広告)、中井(中小企業経営)、橋本(会計)」

 御三卿は「河原(心理学)、具(サプライチェーン)、植木」(2016年ごろ)

以上かなあ…。ゼミというのは別に組織ではないので、指導教員の繁忙や思惑よって大きく活躍とフォロー度は変わります。研究者としての側面を持った先生方ですので、本業に注力するうちにあまり手をかけられないといった時期もあるようです。

 経営学部では1年次の12月までに一次志望のゼミの選考が行われます。選考が行われるゼミは、既定の定員をオーバーしたゼミであり、基本的には選考が行われるゼミは「人気ゼミ」と言えるでしょう。

ゼミを選ぶ時の注意は「噂」に惑わされないことです。

このブログも「噂」の発信源ではありますが、噂はあくまで情報の形骸に過ぎません。

実態は入ってみなければわかりません。また、ゼミの雰囲気はその年の学生が醸成するものです。不動の定数として「教員x」があったとしても、そこにかけられる「学生n」は全く異なる性質で入ってきて、化学反応を起こすものです。中には不活性になる場合もあるし、思いもよらぬ活性をおこす場合もあります。

京産大経営学部生がゼミで求められること。

 経営学部生の場合は「活発さ」が本当に重視されています。しかし、本来ゼミ=演習とは「学修と研究」を行う学究の場で、専門性を獲得するところです。ところが京産経営は研究よりもむしろ学内外を問わぬ活躍が求められていると思います。これは一体どうしてでしょう。その答えは、経営学部の学生の多くが民間企業に就職する事実にあると思います。このことは研究によって「専門性」を身に付けるより、むしろあらゆることができるゼネラリストとしての素質を磨かせることで、企業側にとって都合の良い人材としての評価が上がるからだといえます。そして、その評価は大変高いものがあるといえます。ただ、それは「瞬間最高風速」的な、すなわち、すぐに使える人材としての評価なのかもしれません。私大文系の宿命として、入社後は学歴を問わぬ苛烈な競争にさらされます。そんな時、低偏差値大学の学生には、最低限の業務維持機能を担えることが求められます。その際には、専門性よりも、まずは集団でPDCAが回せることをアピールする人が求められるわけです。この点から言っても、活発なゼミでの活躍が将来の有名企業への内定につながりやすいことは事実です。

 しかし、京産大経営学部にも「学びにきた」という学生は少なくありません。代表的なのは「公認会計士」「税理士」といった「士業志望の会計学科系」の学生です。彼らは経営学科系の学生とは毛色が違う人が多いです。まずは、頭がいい。そして、よく勉強します。彼らにとっての大学は、士業になるという夢をかなえるためにあります。そのため、就職さえできればいいといった人々とは一線を画した大学生活を送ります。会計学科系のゼミの中には、会計士試験合格に向けたサロン的な位置づけのところもあるので、会計士や税理士を目指す方々はそういったゼミを選ぶべきです。こう言っては何ですが、雑音漂う世界観を共有するのは遊びに行く時だけで結構です。学ぶ時は、同じ世界観を持った仲間と真剣に取り組むことで、気持ちの良い勉強ができます。

 最後に、ゼミ選びの際にはいろんな判断基準が発生します。その際には、是非とも自分の「未来像」というものを一度考え、そこに向かって進むうえで有効なゼミを選び取りましょう。同じある程度の専門性を定めれば、自分と同質の仲間が見つかって、よりよい学生生活になるとおもいます。謙虚に、まじめにやれば、どのようなゼミでも活躍することができるでしょう。ゼミとも楽しく、そして、全力で取り組んでくださいね。

では。

元号

 「平成」が終わる日。幼い頃、自宅のVHSを漁っていると、「昭和天皇崩御から平成元年」と記されたVHSを発見したことがある。映像は、1989年1月7日の夜に録画されたもので、ちょうど崩御から改元までの様子を記録しているものだった。登場する人物は皆黒い喪服を着て、暗い音楽が流れていて、時代の節目とはこうも哀しく重苦しいものなのかとの感慨を持ったのを覚えている。そして、近い将来こうした風景が再現される日が来るのではないかという想像をした。私は「その時」をどのように迎えるのだろうか。

 平成29年12月、天皇譲位は「平成31年4月31日退位、から翌5月1日に皇太子殿下の即位・新元号施行」という流れで実施されることが決まったようだ。これにより、平成は31年4月一杯をもって終了し、5月からは新天皇のもと、新しい時代が始まる。

 崩御を伴わない平成の終わりは、幼い頃に思い描いた哀しき弔事ではなく、老練なた上皇の下、次代の天皇が即位する華々しい慶事としての節目になると考えられる。これは喜ばしいことだろう。そもそも一世一代の元号制度は明治以降のことだ。長い日本史の中でも新しい慣習に過ぎない。時代の変化に合わせ柔軟に変更していくことは是として求められることだろう。ただ、今後の皇位継承を思えば、少々不安にならざるを得ないだろう。今回の譲位により、今上天皇上皇、皇太子は天皇秋篠宮殿下は皇嗣殿下となられるが、次の世代を担う皇孫はお一人である。果たして、現行の皇室制度のままでよいのか。これは国の象徴を頂く、国民の論点となろう。

 いずれにせよ、慶事としての時代の節目を目撃することができる。哀しく重々しい空気よりも、めでたい空気がいい。皆で喜べればよかろう。

卒論

 私は「卒論」を書きたいのだろうか。今日も先行論文を眺めながら一日が過ぎてしまった。碌に文章も読まず、息詰まればYoutubeで古い音楽を聞く。こんなことがしたかったのかを少し後悔してしまう。すなわち、このような時間を過ごしていていいのかという危機感もある。

 既に就職活動は終了した。それなりに満足のいく結果ではあったので、あとは遊ぶだけという思いもあるけれど、私にはすべきことがあると思った。それは、私が大学生であるという存在の証明をする作業であると思っていた。

 しかし、一向に進まない。

 私の所属する大学の卒業要件は「卒業要件単位数の満了」である。つまり「卒業研究並びにその成果たる卒論」の作成・提出は要件にはない。このため、卒論未提出であっても4年制大学卒学位「学士」が授けられる。

 私は本学における論文未提出者の学位授与を快くは思っていない。なぜなら、「大学に行く」ということはこれまでの教育課程を離れ、自主的に学究を行う経験をすることを要請されると考えるからだ。あらゆる事物、存在を自らの論理的な思考に基づき整理し、新しい考えを生み出す。これが、学士の学位を持つ者の要件ではないだろうか。

 以上の考えは、私を呪縛し続けている。だが、文章に起こしたのはこれが初めてだ。言葉にして、刻まなければ私は動けないのであると思う。自己啓発の意味も込めて。

 話は変わるが、自分の考えを整理する時間はブログでやるのが一番いいと思っている。ブログは人に見られることを前提としている。不特定多数の者が見るということは、当然、文章の誤用は著述者の学識への不信と嘲笑につながりかねない。思想の内容自体を嘲笑されることは対して辛くはないが、文章が下手だといわれるのは我慢ならない。これは私の持つ強い羞恥心の形であるから、ブログを使うのは、羞恥心を利用して自分の考えを整理することに効果があると、私は考えている。

 文章は実にへたくそだ。しかし、書いて書いて書きまくらなければ文章はまっとうにならないと思う。これは卒論にも共通するだろう。文章に戻ろう。

随想

 私は小室哲哉の楽曲が好きなので、当然、彼がプロデュースした安室奈美恵の楽曲も大好きです。最も好きなのは「NEVER END」でしょうかね。2000年、森喜朗内閣での九州沖縄サミットの公式テーマソングになったことで有名ですね。

 各国首脳の前で、ねーばーえんー♪という、まあ、海外視点ではどうだったのかな(笑)なんていうところも含めて、この曲はいいんですよね。彼女のルーツは沖縄にあるようですが、沖縄が帯びる文化と歴史の悲哀のようなものが歌詞からは伝わってくると思うのです。

 次点の「CAN YOU CELEBRATE?」も、似非インテリ勢の言う文法上のミスにも無頓着なので、純粋に曲の調子がいいと思います。この曲は小室哲哉の最高セールスだったと思うのですが、これを頂点に小室時代は終焉を迎えていくというのが、ポピュラー音楽J-POP史の定説だったかと思います。

 終焉へと向かう小室時代の記念碑的作品は「You are the one」。華原朋美、KEIKOと続く最後の高音で、他の追随を許さない圧倒的な歌唱力を見せつける安室奈美恵の姿は、のちに小室ファミリーが「90年代」を象徴する歴史的な存在として刻まれた後も、「今の人」として活躍していくことを示していたのかなと、映像からは感じますね。

 そして、2000年代以降、小室氏を離れ、新境地を開いていきました。

 そんな彼女の引退は、大変な反響を呼んでいます。私の中では、2000年代の「歌姫の時代」に出てくる宇多田ヒカル浜崎あゆみ等とは世代をギリギリ画する存在でありながら、劣化することなく第一線を走り続ける稀有な存在なんですよね。


「namie amuro×docomo 25年の軌跡」篇

 アムラーと呼ばれた人々が年齢相応なのに、本人は容姿をほぼそのままに進化し続ける。何というか、すごい。

 そんな方がもう見ることができなくなるのかと思うと、残念ですね。しかし、40歳を引き際にした決断からは、本人の哲学が感じられます。是非とも引退のその日まで頑張ってほしいものです。

 

京都産業大学の風景

 神山祭が終わって2週間。

ヒラギノ別れを下る道すがら、冷たい風が頬を突き刺すような感覚を覚え、晩秋の訪れを感じました。構内の紅葉も良い頃合いです。

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 美しい風景ですが、見とれているうちに寒さで風邪をひきかねない。防寒対策を忘れずに登山しましょう。また、エスカレーターやエレベーターよりも「階段」を使うと、体が温まっていいかもしれませんね。秋学期もあと少しです。

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第52回 神山祭

 

 11月3日から5日にかけて「第52回神山祭」が開催されています。開学初年より52年目を迎える神山祭。今年のテーマは「colorful」(カラフル)です。多種多様な展示、イベントを通して学生時代を彩る思い出を作ることが趣旨としてあるようです。

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   私の友人も「神山祭実行委員会」に所属していましたが、非常に情熱を持って取り組んでいた姿が印象的です。会場設営や運営など、赤ジャージの皆様には頭が上がらない....と言いつつ、模擬店の準備や片付け等でルール違反があると注意してきたり、罰金取られそうになるなど、実は因縁の団体だったり...。しかし、まぁまずは1日目お疲れ様と言いたいですね

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   会場は勿論「京都産業大学 上賀茂キャンパス」。上賀茂本山と言われる山を切り拓いて作られた構内全体をキャンバスに、展示、模擬店、ステージが設営されています。

   学祭の構成要素....と言われれば、主に「イベント(ステージ)」、「部展(屋内)」、「模擬店(テント)」の3つの要素で成り立っています

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PILOTIS STAGE

   メインステージは構内でも広場的な位置付けのピロティにあり、大規模なイベントやライブが開催されます。特にクライマックスのライブなんかもここでやります。雄飛館と12号館、そして、サギタリウス館に囲まれた場所です。

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LIB-station

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本学での待ち合わせでも、最も多く使われていると思われる中央図書館前の広場にもステージ。ここはまったり系のライブや一芸の場所です。模擬店も近くにあって香ばしい空間ですよ

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Sun Plaza

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ここが意外と盲点。神山ホールの屋上には実は広場があって、そこを神山祭ではステージ会場にしています。主に軽音系の演奏が行われる場所。本学の軽音御三家(軽音部、フォークソング愛好会、フォークトレイン)もここでやってますね。なお軽音3団体は並楽館でまとめて部展をやってます。

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部展は、まあ塩っぱい。

本物の大学、すなわち京都大学の部展はある種模擬店などとの差が曖昧で、実に面白いです。

本学は飲食禁止や教室使用規約などの制限が少なくない。自由度の面では限界があるかもしれない。もしくは、片付けのことを考えてしまう部展担当者も多いからかな...?

それでも部展は、面白い。

うちの学生の大半にはこの面白さは理解できないかもしれない。そういう輩はサークルの模擬店でフランクフルトでも焼いてりゃ良いわけですが

面白い部展の条件として、「知的な要素を用いて、真剣にふざけたり、表現したりしていること」です。そして、「まったり」していること。これがどうしても、活発な人たちや教養のない人には難しいのかもしれない。本学でも、部展の一部にはそういう面白さを帯びたものは間違いなくありますので、その辺を紹介しましょう。

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5号館から

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まずは「電子計算機応用部」...いきなり大物ですね...たまげたなぁ。と、いうのも本学にはコンピュータ理工学部があり、電子情報系の腕に覚えのある学生は少なくない。彼らを主な構成員とする部がここなんです。使い古された技術ではありますが、透過性スクリーンを活用した立体映像表現などを披露しています。

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実に見応えありましたよ。

次に「天文同好会」です。ここはねぇ...なかなか本気の部ですよ。星をこよなく愛する学生たちが空を眺めることの素晴らしさを無学浅学の学徒たちに伝えています。今年は3つの部屋でプラネタリウム、動画放映、模型を通して私たちを「宇宙の旅」に誘います。

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   類似団体に「神山天文台サポートチーム」がありますが、こちらは2013年神山天文台創設時に当局が学生参加を呼びかけたもので、大学組織の傘下団体のようなイメージです。大学行政の管轄も天文台ですしね。この団体は天文台施設を活用した教育活動や観測会などで活躍します。まあ施設の設備を活用できるのは大きいですよね...。神山祭でも望遠鏡を活用した太陽観測を行なっていたり、3D映像の上映を行なっています。

学生部管轄の同好会と天文台管轄のサポートチーム。切磋琢磨して活動は活発化しているような気もします。反面で折角ある設備を活用できないようではもったいない。ぜひともコラボなどを通して、大学設備を有効に活用して欲しいですね

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12号館では

「探検部」でしょうか。今年は随分展示が工夫されていました。映像もお洒落です。部員と話をすれば彼らの冒険譚を聞くことができます。洞窟探検とかね。ここもできれば入部したかった...。

続いて、「琴サークルことこと」なども良いですね。演奏披露はもちろん、実際に演奏体験ができるのも魅力でしょう。体験型の展示は評価が高いものです。

次に「出版研究会」ですかね。出版した雑誌を配布していますし、神山祭のいいお土産になるでしょう。この雑誌、結構良くできています。まあ出来はともかく、この大学に足りてないのは「思想」とか「考え」であるとかねてより思ってます。先生曰く「哲学」ですか。その時々に京産大の学生が何を考えていたか。それを残すことができるのは文章であり、それを刻んだ出版物でしょう。展示には過去の出版物のバックナンバーがあります。1980年代の出版物には、時代の空気や思想が色濃く現れていて読んでいて面白い。うちの大学生ですから、難しいことは言えていません(笑)しかし、今よりも考えを文章に残すことに貪欲な様が感じられました。

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  まあ見るべきものはこんなところですかね。本学の学生とはなんたるかを感じ取るには部展や模擬店を見れば感じられるかと思います。模擬店なんてものはまあ、あんなもんと思って見ておけばいいでしょう。私が展示から感じるのは、やはり本学の学生の「整然とした中での活発さ」であると思います。運営や当局、学生たちの集団によって形作られた秩序の中でルールを守って活発に行動でき、節度をもっている。

 2年前に京大の11月祭を訪れた際、大学構内に溢れる自由闊達な空気感と最低限にまで圧縮された秩序の上に、全力で楽しむ「本物の学生」たちの姿を見て、憧れました。部展も高いクオリティでした。しかし、ふと足元を見ればゴミに溢れ、カラスがゴミをついばんでいた。模擬店のテントは汚く、飲酒によって悪ノリするような輩も少なくなく、嫌な一面も目にしました。

本学の学生は構内にゴミは捨てません。それはゴミ箱が整備されていることもありますが、結構な頻度で目につくゴミはひろうような学生がいるんです。

 あまりに整然として、殻を破れない私立大学と殻を破れるが故の帝大の汚濁。それぞれに良さがありますが、やはり私はうちの大学が好きなんだと思います。ショボいところ、どこか頭足らずで質が伴わぬ勢いだけの大学生たちの集まり、なのに、なんでも出来る。そこに大学としてのプライドを感じています。アホなりに、やれる。阿保の京産。これがうちのアイデンティティでしょう。

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  山奥で学ぶ学生たちの祭典、神山祭ぜひお越しください。