自己理解

 今日は一日、明日の面接のことを考えてる。といえば、まさしく無能がやる時間の運用方法だろうと思われるかもしれない。明日の面接は「民間」分野の第一志望である。日本有数の専門商社の1つで、戦前から一貫して商品を提供してきた業界きっての老舗の1つである。

 私がこの企業を志望する理由は、やはり健康に対して貢献できることが大きいのかもしれない。割合きれいごとではあるが、そういった見方を削り取って最後に残るのは、やはり健康を守ることへの憧れ、使命感が自分の中にはあると思う。

 幼少の頃より、カロリーや成分表示に気を使いながら生きていた祖父の姿を見てきたが、結局のところ祖父はあっさりと亡くなった。薬があまり好きではない祖父で、最期まで、薬だけは打たないでほしいなどとと口にしていた。しかし、結果として、がんに対しては鎮痛剤による緩和ケアで安らかな最期を迎えていた。痛いという本人に鎮痛剤を打たない選択肢はなかった。

 医薬品については、万人がわかるものではなく、不信感を抱く人もいる。しかし、必要としている人は必ずいることを感じた。私はそういった人々の存在を意識しながら、医薬品の提供に大きな役割を果たしていきたい。

 大学はド文系。しかし、学生時代は寺社仏閣を観光客に案内してきた。初対面の人に話すことは得意であると自負している。この力は専門的な知識を持って、さらなる説明を求めてくる方々との折衝でも生かされるだろう。まあ、寺社などでも大学教授や研究者が来たときは、素直にわからないところはわからないということが大切であったし、そういう方々から最新の情報を伺う、まさに相手から学ぶということを大学時代の課外活動からは学んだように思う。そして、この姿勢こそがあの企業でも生かされることではないかと私は考えている。