卒論

 私は「卒論」を書きたいのだろうか。今日も先行論文を眺めながら一日が過ぎてしまった。碌に文章も読まず、息詰まればYoutubeで古い音楽を聞く。こんなことがしたかったのかを少し後悔してしまう。すなわち、このような時間を過ごしていていいのかという危機感もある。

 既に就職活動は終了した。それなりに満足のいく結果ではあったので、あとは遊ぶだけという思いもあるけれど、私にはすべきことがあると思った。それは、私が大学生であるという存在の証明をする作業であると思っていた。

 しかし、一向に進まない。

 私の所属する大学の卒業要件は「卒業要件単位数の満了」である。つまり「卒業研究並びにその成果たる卒論」の作成・提出は要件にはない。このため、卒論未提出であっても4年制大学卒学位「学士」が授けられる。

 私は本学における論文未提出者の学位授与を快くは思っていない。なぜなら、「大学に行く」ということはこれまでの教育課程を離れ、自主的に学究を行う経験をすることを要請されると考えるからだ。あらゆる事物、存在を自らの論理的な思考に基づき整理し、新しい考えを生み出す。これが、学士の学位を持つ者の要件ではないだろうか。

 以上の考えは、私を呪縛し続けている。だが、文章に起こしたのはこれが初めてだ。言葉にして、刻まなければ私は動けないのであると思う。自己啓発の意味も込めて。

 話は変わるが、自分の考えを整理する時間はブログでやるのが一番いいと思っている。ブログは人に見られることを前提としている。不特定多数の者が見るということは、当然、文章の誤用は著述者の学識への不信と嘲笑につながりかねない。思想の内容自体を嘲笑されることは対して辛くはないが、文章が下手だといわれるのは我慢ならない。これは私の持つ強い羞恥心の形であるから、ブログを使うのは、羞恥心を利用して自分の考えを整理することに効果があると、私は考えている。

 文章は実にへたくそだ。しかし、書いて書いて書きまくらなければ文章はまっとうにならないと思う。これは卒論にも共通するだろう。文章に戻ろう。